スポーツのドーピング問題を描く「イカロス」の原点

「イカロス」の監督のブライアン・フォーゲルはアマチュアのロードレーサーでした。彼の憧れの選手はランス・アームストロングです。自転車好きなら知っている選手ですし、自転車のことをよく知らない人でも、アームストロングの名前を聞いたことがある人はいると思います。

英雄アームストロングはドーピングをしたことが発覚し、人生が一気にどん底まで落ちてしまいます。ブライアン・フォーゲルはアームストロングのドーピング問題にショックを受け、「イカロス」というドキュメンタリーを作ることを決めます。
監督が「イカロス」を作るきっかけとなったランス・アームストロングとはどんな人物なのか?

「イカロス」の原点アメリカの英雄ランス・アームストロング

ランス・アームストロングは元々トライアスロンをやっていました。19歳以下のランキングで2年連続1位になるなど、トライアスロンでも若い頃から実力のある選手でした。その後、彼は自転車1本に競技を絞ります。

そしてアマチュアの自転車選手として1位になり、バルセロナオリンピックにも参加しました。アマチュア時代の活躍もあり、彼はプロ選手となります。プロになって2年目でツールドフランスに優勝してこの頃から実力を発揮し始めます。

さらに21歳の若さで世界選手権を制覇し、彼は世界的に有名な選手となりました。その後、数々の輝かしい成績を残しますが、1995年に癌を患っていることが発覚します。化学療法や手術などで癌と戦い、もう1度選手として戻ってきます。そして1999年なんとツールドフランスで優勝したのです。

 

ここから彼の快挙は始まります。1999年から2005年までの7年間ツールドフランスで優勝するという前人未到の記録を作ったのでした。彼はアメリカだけでなく、世界中で鉄人として扱われヒーローだったのでした。

ランス・アームストロングのドーピング発覚とその後の人生

癌から復帰して、7回もツールドフランスで優勝したアームストロングですが、2001年ごろから彼がドーピングしているのではという噂が出始めます。
しかしアームストロングはインタビューなどでこれを否定していました。

様々な噂が飛びかう中、2010年に元チームメイトのフロイド・ランディスがアームストロングが2002年からドーピングをはじめ常習者だったことを告白したのでした。それでもアームストロングはドーピングを否定しますが、次々と元チームメイトがアームストロングの行なっていたドーピングの詳細を語ったのです。

そしてついに全米アンチドーピング機関はアームストロングがドーピングを行なっていたとし、彼の1999年からのツールドフランス7連覇は取り消されてしまいました。このことがきっかっけで鉄人とされていたアームストロングは、一気に人生の頂点からどん底まで転げ落ちたのでした。

そして2012年8月24日、アームストロングは「永久追放」宣言を言い渡されています。

 

こんな記事もどうぞ

コメントを残す