『シャイン』おすすめ映画度!

監督:スコット・ヒックス
キャスト:ジェフリー・ラッシュ

1996年公開のオーストラリア映画。監督はスコット・ヒックスで、脚本はジャン・サーディ。実在のピアニストであるデイヴィッド・ヘルフゴットを演じた主演のジェフリー・ラッシュは第69回アカデミー賞主演男優賞をはじめ多数の映画賞を受賞した。ウィキペディアより引用
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日本アカデミー賞

 

 

 

日本アカデミー賞は、日本アカデミー賞協会が主催する日本映画(邦画)の映画賞です。アメリカのアカデミー賞の暖簾分けの形として設立し、1978年度にスタートしました。

賞の選考方法は、日本アカデミー賞協会会員の投票によって行われます。選考対象となる作品は、授賞式の前々年12月初から前年11月末までの1年間に東京都内で公開された映画を対象として、毎年3月に日本テレビ系列で授賞式の模様が放映されています。

日本アカデミー賞協会の目的は、公式サイトによると次の通りです。『当協会は、わが国の映画芸術、技術、科学の向上発展のために日本アカデミー賞を設け、その年度の該当者に栄誉を与えると共に、本会の行う諸事業を通じて、会員相互の親睦ならびに海外映画人との交流を計り、もってわが国映画界の振興に寄与することを目的とする。』(日本アカデミー賞公式サイトから引用)

日本アカデミー賞協会会員の資格は、劇映画の仕事に最低3年以上従事していることが前提とのことですので、業界関係者以外は会員になれないようです。

ちなみに日本アカデミー賞に、一般者が入場できることはあまり知られていないようです。

実は管理人、2006年度(第29回)の日本アカデミー賞を観に行きました。レッドカーペットを通る俳優さん達を身近に観ることができ感激でした。

チケットはぴあで購入することができます。おひとり様4万円です。確か毎年12月前にはチケット販売をしていたように思いますが、とても入手困難なため一般公募前のプレリザーブシートでの購入が必須です。

日本アカデミー賞 歴代受賞作品 / 日本アカデミー賞から見つける邦画おすすめ作品

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1978年(第1回)


1979年(第2回)


1980年(第3回)


1981年(第4回)


1982年(第5回)


1983年(第6回)


1984年(第7回)


1985年(第8回)


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1987年(第10回)


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1989年(第12回)


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1991年(第14回)


1992年(第15回)


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1994年(第17回)


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2013年(第36回)


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2015年(第38回)


2016年(第39回)


2017年(第40回)

  • ◎シン・ゴジラ
  • 怒り
  • 家族は辛いよ
  • 湯を沸かすほどの熱い愛
  • 64-ロクヨン-

ブルーリボン賞

ブルーリボン賞は、1950年に創設され、1967年に一度廃止されるも1975年に復活した歴史ある映画賞です。特徴としては、現場の第一線で取材に当たっている記者たちが選考する映画賞であるということ。

現在のブルーリボン賞の主催は、報知新聞(スポーツ報知)、サンケイスポーツ、スポーツニッポン、デイリースポーツ、東京スポーツ、東京中日スポーツ、日刊スポーツの在京スポーツ新聞7社の映画担当記者で構成される東京映画記者会となっています。

ブルーリボン賞創設の発端は、『読売新聞、朝日新聞、毎日新聞の映画記者が中心になり、「1年間の映画界を振り返り、その成果について議論し、それを楽しみ総括することで、記者同士が勉 強しよう。そのおさらいの成果を賞として世に問うのもいいではないか」と呼びかけ、「東京映画記者会賞」としてスタートしました。』(シネマ報知公式サイトより抜粋)とのこと。

ブルーリボン賞の選考方法は、まず前年末までに記者会員全員による投票を行いノミネートを決定し、最終的な投票で過半数を得た作品と人に各賞を授与するというもの。選考委員である東京映画記者会の会員数は2008年10月1日現在、32人とのことです。

審査が厳しいことで知られるブルーリボン賞。故に映画関係者にとってこの賞を受賞することがひとつのステータスとされているようです。

ちなみに日本アカデミー賞と同様に、ブルーリボン賞も一般人が授賞式に参加できます。しかも日本アカデミー賞と違ってこちらは抽選での無料招待。授賞式は毎年2月に行われ、司会は前年度の主演賞コンビが務めるのが恒例なので、映画ファンなら一度は参加してみたいものですね。

応募要綱は、毎年1月の受賞者発表当日の紙面で告知(東京映画記者会を構成している7紙すべてに掲載)しているとのことなので、ご興味ある方は是非チェックしてみたください。

ブルーリボン賞 歴代受賞作品 / ブルーリボン賞から見つける邦画おすすめ作品

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  • シン・ゴジラ

毎日映画コンクール

 毎日映画コンクールは、毎日新聞社の前身である東京日日新聞が開催した「全日本映画コンクール」を起源とし、第二次大戦によって一時中断されるも、1946年に「毎日映画コンクール」と改称して復活した伝統ある映画賞のひとつです。

 毎日映画コンクールは、「日本の映画産業の振興に寄与し、国民に映画の楽しさを広く伝えるために実施する」という理念のもと創設されたそうです。

1946年、戦後復活を果たした目的は、「荒廃した国土の復興にあえぐ人々を勇気づける一級の娯楽である映画の復興を後押しする」であったとのこと。

 毎日映画コンクールの選考方法は、1月1日から12月31日までに公開されたすべての映画を対象とし、全作品を対象に2段階選考方式を採用。

※「アニメーション」「ドキュメンタリー」両部門は、その年に完成し上映または上映予定の作品も対象として含まれます。

選考委員は、それぞれの選考段階と各賞毎にで映画評論家、映画記者、映画を学ぶ学生などが担当。諮問委員会には名だたる映画関係団体が名を連ねています。

また1976年から一般公募による投票で行う「日本映画ファン賞」(現「TSUTAYAファン賞」)として「日本映画部門」「外国映画部門」の2賞を決定しています。
 

毎日映画コンクール 歴代受賞作品 / 毎日映画コンクールから見つける邦画おすすめ作品

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  • 恋人たち

2016年(第71回)

  • シン・ゴジラ

報知映画賞

 報知映画賞は、1976年度からスポーツ新聞が単独開催する初の映画賞として開催された日本の映画賞のひとつ。邦画の配給収入が洋画を下回り活気を失いつつあった日本映画会を盛り上げたいという映画担当記者達の願いから始まったといわれています。

報知映画賞の審査対象期間は、前年12月1日から当該年11月30日までの期間、首都圏において有料で1週間以上公開、あるいは公開予定の新作とされています。

第1回の選考会参加者には、作家・池波正太郎氏、つかこうへい氏、映画評論家・品田雄吉氏ら14氏に加え、本紙映画担当記者4人が参加したといわれ、映画賞開設した主催者側の熱き思いが感じられます。

報知映画賞の選考方法の特徴としては、読者投票が選考に加わること。読者投票の上位を基本にして、報知映画賞事務局と選考委員の1名が、個人部門最大10人、 作品部門最大20本のノミネートを選出。あらかじめ事前ノミネートで、報知新聞社の映画担当記者と映画評論家などの外部選考委員が、 その年を代表するに最もふさわしい作品・役者・監督を決定しているそうです。

読者投票については、毎年10月ごろから11月中旬にかけて、報知新聞紙面や報知ホームページ、Cinem@Hochi、協賛社ホームページ、 専用投票用紙などで報知映画賞事務局が認める投票方法で一般投票の実施を行っているとのことですので、邦画ファンとしては自分の意を反映するいい機会であるかもしれません。

報知映画賞 歴代受賞作品 / 報知映画賞から見つける邦画おすすめ作品

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  • 湯を沸かすほどの熱い愛

日刊スポーツ映画大賞 歴代受賞邦画はコレだ!

 

 

日刊スポーツ映画大賞は、日刊スポーツ新聞社が主催する映画賞で、1988年に設立されました。審査対象となる作品は、日本で劇場公開された優秀な映画とされていて、毎年12月にホテルニューオータニで授賞式が開催されています。

また、日刊スポーツ映画大賞に併設される賞として石原裕次郎賞石原裕次郎新人賞があります。いずれも1987年に亡くなった日本を代表する映画俳優石原裕次郎の意志を引きついた賞とされ、石原プロモーションがその運営に全面的に協力しています。

選考は、映画に精通する一般選考委員会と日刊スポーツ選考委員が担当。各々の割合は8:2くらいとされています。

日刊スポーツ映画大賞  歴代受賞作品 / 日刊スポーツ映画大賞から探すおすすめ邦画

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2009年(第22回)


2010年(第23回)


2011年(第24回)


2012年(第25回)


2013年(第26回)


2014年(第27回)


2015年(第28回)


2016年(第29回)

  • 64-ロクヨン-

東京スポーツ映画大賞

 

東京スポーツ映画大賞は、東京スポーツ新聞社が主催する映画賞で、1991年に設立されました。通常の映画祭にある作品賞や俳優賞のみならず、「許しがたい作品賞」や「無念賞」、アダルトビデオに関する部門までが設けられているのが特徴。            

※許しがたい作品賞、無念賞はすぐに消え去りましたが・・・。また当サイトでは邦画をテーマとしていますのでアダルト関係の賞は紹介していません。

 

選考方法は、当初は完全に北野武が審査委員長として独断で受賞作と授賞者を決定していましたが、現在は10以上の全国各地の映画祭が参加してノミネートの審査を行い、その結果を踏まえて、審査委員長である北野武が最終選考を行っています。

ユニークな視点から、新しく出来る賞あり、消え去る賞がありと他の映画賞とは一風違った映画賞となっています。

 

東京スポーツ映画大賞  歴代受賞作品 / 東京スポーツ映画大賞から探すおすすめ邦画

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1991年(第1回)


1992年(第2回)


1993年(第3回)


1994年(第4回)


1995年(第5回)


1996年(第6回)


1997年(第7回)


1998年(第8回)


1999年(第9回)


2000年(第10回)


2001年(第11回)


2002年(第12回)


2003年(第13回)


2004年(第14回)


2005年(第15回)

  • 該当なし

2006年(第16回)


2007年(第17回)

  • 該当なし

2008年(第18回)


2009年(第19回)

  • 該当なし

2010年(第20回)


2011年(第21回)


2012年(第22回)


2013年(第23回)


2014年(第24回)

  • 該当なし

2015年(第25回)

  • 龍三と七人の子分たち

2016年(第26回)

  • この世界の片隅に